神社紹介
郵便番号 〒 5201611
鎮座地 滋賀県高島市今津町弘川1707-1
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阿志都彌神社・行過天満宮 (アシヅミユキスギ)
御祭神
木花開耶姫命 菅原道真公
御神紋
山桜 梅鉢
御由緒
阿志都弥神社は上古社殿の設なき時にこの霊地にあった桜樹に木花開耶姫命を勧請して桜花大明神と称して祭祀を行っていたと伝えられている。日本書紀推古天皇三十年に行われた新羅征伐の副将軍近江脚身臣が当地に住んで崇敬した社である。式内社であり、善積郷の総大社であった。行過天満宮は陽成天皇元慶七年に菅原道真が加賀守となって赴任の途中に阿志都弥神社に参詣して詠吟などして過ぎ行かれた由緒をもって道真の曽孫菅原輔正朝臣が行過天満大神と称して長徳四年に勧請建立した。当行過の名称については他に二説あるが省略する。道真前記赴任の時真筆の十六善神画像(蓮糸織)及び法華経開結二経心経阿弥陀経各一部を奉納されたが建久二年海津村上尾山の海津天神社へ阿志都弥神社と行過天満宮及び末社山王社紅梅社老松社の分霊に添えて奉遷した。天智天皇志賀に遷都後毎年当地産の鳥爪根を献上し、又刈安と云う草を天皇御衣の黄色の染料として献上せしも戦乱のため廃絶したが毎年例祭には必ず鳥爪根を献饌している。慶応二年孝明天皇御病気御平癒祈祷の命を奉じて当宮の神璽を献じ、同三年明治天皇始め永世御宝祚御祈祷の命を賜って以来毎年九月に生栗一籠(約二升)を当宮の神璽に添えて献上した。同年七月以来天皇の撫物を神納になり毎年九月に金二両の御下賜金を添えて新旧御取替になりしも明治四年に廃止になった。
足利将軍義満が朱印地を寄せたが、織田信澄が没収した。金沢城主前田候、大溝藩主加賀中納言斎泰候、松平筑前守慶寧、大聖寺藩主松平飛弾守利鬯の参詣あり。
天保十四年十二月に行過天満宮を阿志都弥神社に合祀した。明治十四年郷社に列格、昭和十一年神饌幣帛供進神社に指定。
本殿・境内建物
〔本殿〕三間社流造 間口二間三尺 奥行二間三尺
〔拝殿〕入母屋造 間口一間五尺 奥行二間
〔その他〕
境内社(摂社・末社)
稲荷神社
祭礼日
祭礼日は神事(祭儀)のみ行ない、御神輿・山車・露店などは別の日に出る場合があります。お出かけの際は念のため神社にお尋ねください。
4月 25日
1月 1日
〔兼務社|高島支部〕
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